最後に皆さんと一緒に考え直したいのは、「棚の整理整頓」
と「接客」についてです。どちらもお客様と対話をすること
であり、お店の第一印象を決めてしまう大事なものです。
2016年2月~12月まで連載してきた久禮亮太さんの『普通の本屋を続けるために』が冊子になりました!
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▼書店でもっとも重要な仕事は、店内整理と接客
店内整理というとアルバイトさんにお願いしてしまいがち
ですが、店長こそ毎日やるべきだと考えています。報告書や
シフト表作成に手一杯で売り場に出られないときも、あえて
棚と向き合う時間をとるのです。
棚に手が回っていないときほど、帳票類の作成などの店長
業務を口実に、荒れ始めた棚から気持ちが逃げてしまう。
そして、ますますPOSの数字など抽象的なデータの世界に
逃避してしまい、棚の細部に手を入れる根気とお客様に立ち
向かう勇気を失ってしまう。私自身の経験です。
そんなときこそ棚と仲直りする手続きが大切なのです。
作業は、ひとりで棚と平台のすべてに触れて整えていきます。
お店全体の現状を自分の身体感覚で把握するのです。
売り場が広すぎて手に負えないと感じるときこそ、実際に
くまなく触れて歩くことで感覚をすり合わせることが大切
です。取り扱い点数の多さに自分を慣らす訓練という側面も
あります。
棚を整理していると、いつも決まって棚挿しの帯やスリップ
が乱れているのに売れていない場所に気づきます。気安く
手に取りやすいが買うには至らない程度の品ぞろえという
ことかもしれませんし、興味は惹かれるが買うためのもう
一押しが必要ということかもしれません。
お客様と同じ動線を辿りながら様々な視点で見た平台に、
なにか面白みを感じるでしょうか。
私たちは、放っておいても売れるような話題書だけを積んで
商売しているわけではありません。
「棚前の平積みこそが売上げをつくる」のです。
点在する本たちを線でつなぎ、「平台を編集」して、単体
では持ち得なかった新しい面白みを本と本の間に生み出し
ます。
▼お客様を興ざめさせないために
書店員個人の価値観の押し付けではなく、こちらの提案と
お客様の反応が混じりあった「この店にしかないムード」
こそが、棚前の面白みの正体です。
それは抽象的なものではありません。これまで見てきた
売上げスリップやお客様の素振りや言葉から、私たちは
具体的な読者像をたくさん内面化しています。そして、
多くのロングセラーを正しく平台に埋め込んでいます。
また、売れなかった仕掛けの数だけ自分の思い込みも
修正しています。
こうして、様々なお客様の共感を呼び起こす魅力を
耕してきました。しかし、これまで考えを巡らせ手を
かけて編集してきた棚も平台も散らかったままでは、
お客様の心を掻き立てないばかりか、興ざめさせて
しまいます。
帯が歪んだ平積みやスリップの飛び出した棚差しを
見れば、すぐにそのお店の余裕のなさがお客様に伝わる
はずです。
書店に余裕がないのはどこも同じですが、たとえやせ
我慢でも、ゆったりとした時間を提供する必要があり
ます。本と出会うまでのぶらぶら歩きも、書店の売り物
だからです。
お客様には、行きつけの店で楽しく過ごした「お土産」
として本を買いたいという心情があるはずで、そのこと
を大事にしたいのです。
また、書棚を散策するお客様が心地良く過ごす様子には、
高い集客効果があります。お客様は、他のお客様の様子を
見ていないようで、よく感じています。
同様に店員の様子もしっかりと見ています。
私たちは、荷物が多い、人手が足りないといったストレス
を安易にお客様や訪問してくる出版社営業担当者に
ぶつけがちです。
この嫌な雰囲気で起こる客離れを勘定するなら、憮然と
して棚補充するのではなくニコニコして立っていたほうが
よほど儲かるのではないでしょうか。
このように、店内整理や接客の質を上げていくことの
重要性は、あらためて見直す必要があると考えています。
◆◇◆◇◆◇◆◇
おわりに
本屋のこれからを考えるときに、書店の中だけを考えて
いても答えは出てこないのではないか。書店の基本業務を
整理し直しながら、そう感じていました。私たちは出版・
書店業界の内輪でのみ通じる言葉で語りすぎているし、
この業界特有の商習慣やその問題点を
言い訳にしすぎているとも感じていました。
この二年近くの間、新刊書店の外へ出て、「ひとりの本屋」
としてレストランやホテルといった異業種の現場の中で
書店機能を立ち上げました。そこで求められる私の仕事は、
企画書づくりや、イベントの仕込み、メディア対応など、
一見、新刊書店の仕事とは程遠いものにまで及びます。
彼らのような外側の人たちにとっては、本を使ってお客様を
喜ばせる仕事はすべて本屋の領分なのです。新刊、古書、
洋書だろうと、イベントだろうと、本の面倒をひと通り見る
のが本屋に期待することなのです。
新刊/既刊/古書の区別とは無関係に、「良い本と出会わせて
くれること」そのものが単純に求められていると実感します。
むしろこれこそが「普通の本屋」の仕事だとも思います。
しかし、そこには新刊書店の現状とは大きな隔たりがあります。
流通事情や「返品フリーな買切り」という注文条件の特殊性、
なぜ値引きできないのかといったことを一から説明して、納得
してもらわなければいけません。
このように習慣や常識を共有していない相手と商売の違いを
超えて、同じ店舗の中でお客様に一つの体験を売るために
それぞれなにができるかを話し合います。その過程では、自分
の仕事を一から棚卸しして言語化する必要に迫られます。
新刊書店の内部においても、本部と現場には対話が必要です。
両者は基本的に話が通じないものと前置きしたうえで、いかに
歩み寄って魅力的な店づくりをするかという対話を目指すべき
ではないでしょうか。
売上げ目標や人件費削減、粗利改善のための業態変更、こう
いった要請は合理的な経営判断によるものでしょう。 一方で、
現場の丁寧な手仕事こそが、店舗の存在意義とも言える
「棚の強度」とコミュニケーションを担保していることも事実
です。本部の指示に唯々諾々と従い陰で不満を溜めるのでは
なく、現場の機微を伝える論理をつくっていきたいのです。
そのために、様々な形の売り場や新しい表現方法に適応しながら
も、棚を介して売り手とお客様との多様なコミュニケーションを
つなぐという、本屋の仕事の背骨をしっかりと持ちたい。
そうあらためて考えています。
「普通の本屋」とは、多種多様な価値観や変化を受け入れる、
人間への興味や愛情によって支えられるものではないでしょうか。
<了>