いまおせち重箱の中は、お正月料理の場所取りをかけた、それこそ重箱の隅をつつくような熱い戦いが繰り広げられています。
たとえば 「ローストビーフ」。正月だから牛を食べたい、肉を食べたいというニーズをうまくつかんで、酒のつまみという確固たる主役の座を占めています。
お正月のつまみと言えば、するめや煮干しが定番だったひと昔前とは大違いです。
また最近では新参者といえる「テリーヌ」の躍進。フランス料理のはずが、ちゃっかりとお重に入り込んでいます。年末のスーパーでは大量に陳列してあり、おせち作りには欠かせないメンバーです。外国料理なのに縁起物でもないのにおせちに加わっていいのでしょうか。いいんです。おいしければ。そんな声が聞こえてきそうです。
日本の伝統料理にテリーヌと似たものはあります。「伊達巻き」です。ちょっと甘めでふわっとした食感の玉子焼きの一種。それで十分と思えるのですが、テリーヌは鶏肉、豚肉、野菜などを煮固めたもので、味のバリエーションの多彩さ、人気度ではテリーヌに軍配が上がるようです。
渋めの抹茶色を身にまとい、田作りやくわいといった和の素材ともケンカせず隣り合っている姿は、まるで和服を着た外国人のようでもあり、日本の食の国際化を物語っています。
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ところで、2025年はこのおせち料理に大事件が起こりました。
今年のおせち重箱からある料理が忽然と姿を消したのです。
それは「ちょろぎ」です。
昨年(2024年)の年末、どのおせちカタログにもちょろぎは載っていませんでした。2万円、3万円の高級料亭監修の重箱写真にも皆無。関東以北では正月料理には欠かせないは存在だったちょろぎはなぜ消えたのでしょうか。
実は2024年は夏の猛暑と水不足が重なり、かなりの農作物や果樹で収穫に影響があったようです。
聞くところによると、紫蘇科植物のちょろぎは水不足や酷暑に弱く、東北の主な産地でも大不作だったようです。
<食問>珍しいおせち 「チョロギ」とは
「長老喜」「長老木」とも書き、長寿を願う縁起物として、梅酢で赤く漬けたものがおせちとして食べられています。味と食感はカリカリ梅・・・。
(東京新聞 2022年12月28日)
チョロギ
おせち料理の黒豆に添えられるのは、まめに働くという意味のある黒豆に合わせて「健康でまめに働けるように」という願いが込められている・・・。
(農林水産省・東北農政局 令和3年12月)
この「ちょろぎ大不作」問題は、どのマスコミも報道していません。筆者はちょろぎ生産者のつぶやきをSNSで見つけて気付きました。ちょろぎ不在の今年の正月はこのまま終わってしまうのでしょうか。しかし問題は今年だけでは済まないかも知れません。
おせちの椅子取りゲームから一度外れたちょろぎには、もう来年の椅子は回ってこない可能性すらあります。
たとえば不祥事を起こしたタレントが謹慎に入ると、似たような芸風の新人に入れ替えられるのはテレビでよくあります。それに近い入れ替えがちょろぎに起こるかもしれない?
いえ、ちょろぎは不祥事ではなく不作に過ぎません。野球やサッカーで不振に陥った選手がいつの間にか姿を消すのと同じ事かも知れません。
おせち料理のお重という「ひな壇」から図らずも降りてしまったちょろぎ。あってもなくてもいい料理に過ぎなかったのか。おいしさだけで選ばれた洋食を詰めたおせちは「洋風おせち」というそうです。もはやそこには居場所はなさそうです。
旧来の縁起をかつぐ食材たちは縁起物というだけでは生き残れない時代になったのか。普段ですら食べられなくなったかれらの運命はこの先どうなるのか。筆者としても心配でなりません。(水田享介)