古代文明といえば、七大不思議にあげられるピラミッドや空中庭園、アレクサンドリアの大灯台などがあります。重機もない時代にどんな技術で建設したのかまたその利用目的もはっきりせず、謎に包まれた遺構の数々はわたし達をわくわくさせてくれます。
その謎の遺跡のひとつが、イギリス南部に今も残るストーンヘンジです。約5000年前から作られ始めたことはわかっていますが、いまだにその利用目的ははっきりしていません。
このたび新たな研究によって、中央に置かれた重さ6トンもの巨石が、スコットランドから運び込まれた石と判明しました。その距離は約750km。
【判明】ストーンヘンジにスコットランド産の石、その深い意味
鉱物の年代と化学的性質に基づき、この石がストーンヘンジから750kmも離れたスコットランドから来ていることを、英アベリストウィス大学の地球科学者であるリチャード・ベビンズ氏らは2024年8月14日付けの学術誌「ネイチャー」に発表した。
(ナショナル ジオグラフィック 2024年8月18日)
この巨石は円環の中央に置かれ、そのことから「祭壇石(Altar Stone)」とも呼ばれていますが、実際に祭壇に使われたかどうかはわかってはません。
ただ判っていることは、ストーンヘンジを構成する巨石群は、近場の石を集めたわけではなく、ウェールズ地方など複数の地域から意図的に集められていることです。
もうひとつわかっていることは、ストーンヘンジ周辺の遺跡で大規模な宴会がたびたび行われていたことです。その証拠となるのが、大量に残された豚の骨だそうです。
しかも、ブリテン島だけでなく、スコットランド、ウェールズ、アイルランドからと、人々はこのストーンヘンジに集まっては宴会を催していたこともわかってきました。
ストーンヘンジ期のブタ宴会、全島イベントだった
全域から人が集まる初の「汎ブリテン島」集会と判明、英国
4500年前の宴の食べ残しであるブタの研究から、意外なことが明らかになった。ストーンヘンジ周辺にある先史時代の祭祀場に、ブリテン島全域から人々が集まっていたのだ。
(ナショナル ジオグラフィック 2019年3月15日)
5000年前の人々が遠方からわざわざ集まって、静かに豚を焼いて食べたでしょうか。筆者にはそうは思えません。豚も各地から連れてきていたそうですから、きっとウチの自慢の豚を披露する「ふるさと物産展」だったかも知れません。
さらには、有名な呪術師や手品師、歌手、演奏家を呼んで、定期的に一大フェスティバルを開催していたのではないでしょうか。そうでもしないと主催者としては収まりが付かないでしょう。
その会場のシンボルとして建てられたのがストーンヘンジだとすると、今で言うと、スカイツリーかシンデレラ城みたいなランドマークだったのかも知れませんね。
ところで、ブリテン島とそこに住むブリタニア人(イギリス人の祖先)が歴史上初めて登場するのが、紀元前55~前54年の頃。カエサルの『ガリア戦記』のブリタンニア侵攻の記録からですが、こう評価されています。
「一夫多妻制や他の珍しい社会的な慣習を持ち、ローマ人に栄光を与えた勇敢な敵で、典型的な野蛮人」
(ウィキペディア、ガリア戦記 第5巻、第6巻)
あのカエサルの『ガリア戦記』に「野蛮人」として歴史に刻まれたイギリス人としては、それ以前にも輝かしい古代文明があったことを是が非でも明らかにしたいでしょうね。ストーンヘンジのより詳しい解明が待たれます。(水田享介)