今年の元旦は能登半島地震、さらに翌日1月2日には羽田空港で旅客機衝突事故と、2024年は未曾有の災害・大事故で始まりました。
羽田空港衝突事故では、日航機の乗客は全員が脱出できましたが、海上保安庁の職員5人は助かりませんでした。海保機は能登半島地震の対応のため物資を輸送する途中でした。
この事故を受けて、ネット上では思いもよらない論争が持ち上がっています。
それは「ペットを機内に持ち込めるよう声を上げよう」という意見から、その是非を巡る論争です。
全焼した日航機には貨物室に2匹のペットが積み込まれていましたが、運び出す余裕もなく、彼らは機体と運命を共にせざるを得ませんでした。
残念だが致し方ないという一方、ペットを乗客扱いで座席に持ち込んでいれば、一緒に脱出できたはずだとマスコミ人、芸能人など、多くのフォロワーを抱えた彼らが主張し始めました。それに同調するいわゆる有名人も出てきて、「ペットは大切な家族」だからと乗客の搭乗ルールの変更を求め始めたのです。
もちろん、ペットの機内持ち込みサービスのある航空会社はあります。しかし、ペットはすべて手荷物扱い。緊急脱出時は手荷物を持ったまま脱出することは禁止されています。
そのためペットを持ち込んだとしても、脱出時には機内に置き去りとなります。事故の後も機体が安全に保たれていればペットは助かりますが、今回のような火災が発生すれば、ペットの命が保証されることはありません。
そのことを明記した航空会社は、さらに批判を浴びることになりました。
ペットの"機内持込"、スターフライヤーが全線拡大も
脱出時は「連れて行けません」 SNSで再び論争
このサービスでも緊急脱出の際はペットを連れて行けないと知らせる投稿と、万が一の際に「指示を無視する人(飼い主)が現れる」「従うとは思えない」といったトラブルを危惧する声が多い。
(ITmedia NEWS/芹澤隆徳 2024年01月15日)
しかし、そもそも乗客や一般人が航空機の安全について、その取り決めを議論したり、ルール変更を求めることにどれだけの妥当性があるでしょう。
筆者はかつて、ある航空会社の訓練センターにて、青いつなぎ服を着て航空機の安全運航のためのプログラムや訓練用教材の作成を行っていました。
※筆者撮影(2023年5月)
その経験から言うと、航空機について何も知らない方がどんなに議論をしても、安全性が高まることは決してありません。いまあるルールを変えた場合、乗客の生命へのリスク予測とその代替対策がなければ、かえって危険は増すばかりです。
ここではひとつひとつの検証や反論は行いません。ただペットを入れたケージを持ったまま脱出することは、いくつもの危険を伴います。エアシューターを使った脱出は不可能となるため、90秒ルールを守れる脱出方法はなくなります。次に起こることは、沢山の乗客がペットが入っているからと手荷物を持って脱出を始めることが当たり前となります。
非現実的ですが、手荷物を持たない人だけを優先的に脱出させるか、手荷物を持って逃げたい人専用の脱出口を用意するくらいしかありません。しかし、勝手に他人の荷物を持ち逃げする輩も現れるでしょう。
いずれにせよ、CA(客室乗務員)訓練の内容を変えざるを得なくなります。その変更とは「助かりそうな人を優先する」方法になるでしょう。
このペット論争が始まったときから、誰も脱出のやり方に言及していないことに筆者は疑問を感じていました。
脱出時の手順は、脱出装置のタイプごとに世界共通で定められています。この取り決めがあるからこそ国際線で各国の航空機が行き交うことが成立しているのです。
その前提を崩した航空会社が現れると、国際線に就航できなくなります。またルールから逸脱した脱出訓練を行う航空会社とわかると、航空機の購入も不可能になるでしょう。
筆者のモヤモヤした気持ちを代弁するように、航空機の安全ルールを紹介しながらペット論争に終止符を打つすぐれた記事がようやく出ました。
ペット同伴フライト、国際線は苦情で消滅 ビジネスジェットが解決策か
緊急脱出の手順は、国連の専門機関であるICAO(国際民間航空機関)、機体製造国の航空当局であるFAA(米国連邦航空局)、EASA(欧州航空安全庁)、運航する航空会社などの規程で定められている。
・・・ケージを持って脱出することは極めて困難・・・、機外に脱出するシューターが破損して後続の乗客や乗員が逃げられなくなる可能性がある。ほかの出口のシューターを使うのは、緊急時には現実的ではない。
(Aviation Wire/By Tadayuki YOSHIKAWA 2024年1月10日)
「ペットは家族と同じ」。
そう思う気持ちは尊重します。ただし、安全が保証された自宅内で成立する意見です。
「家族の命はお金にはかえられない」という言葉もあります。
どうしてもペットと一緒に空の旅を楽しみたいという方は、自宅環境をそのまま持ち込めるプライベートジェット機をレンタルするか、購入するほかなさそうです。(水田享介)