AIにできることとそれを現実の社会で利用することは、必ずしも正しい結果につながらない。ことしの夏はそのことを実感した夏でした。
昨年末にChatGPTが登場して以来、生成AIが紡ぎ出す流ちょうな文章がちまたに溢れかえると、筆者のような物書きは不要なものとして、存在する意味も価値も風前の灯火のごとき状態になりました。
ところがここにきて、生成AI(ライター)の能力に疑問符が付く事例が相次いでいます。
まずは、日本での事例。毎年、9月1日は関東大震災の発生日として防災を学ぶイベントが催されています。2023年は関東大震災から100年。日本赤十字社では震災証言を新しく作成、そこから教訓を学ぶ展示を企画しました。。生き証言を得るため百歳以上の被災経験者を探し出して取材をしたのでしょうか。
違いました。なんと、過去に採取した本物の証言をChatGPTに学習させて、そこから新たな証言を生成させたのです。
AIで関東大震災の証言作る企画展、「捏造」批判受け中止
日赤東京都支部「誤解招いた」
歴史の捏造(ねつぞう)につながるのでは」「フェイクニュースだ」などと批判がSNSなどで多数寄せられた。担当者は「新証言という表現を使って、実在した人が話したかのような内容にしたことで誤解を招いてしまった」
(産経デジタル 2023年8月25日)
なぜ、企画スタッフは空想の証言を作り、それをネットに公開することに疑問を持たなかったのでしょう。真実らしさを装った創作物、それはフェイクに他なりません。情報リテラシースキルの低さに驚くばかりです。
※AI画像『マジカルきのこが生える森』
これと似たような話で、命の危険すらある事例をイギリスの新聞が報じています。
キノコ専門家がAmazonで売られている「AIが書いたキノコ採りガイド」を買わないよう呼びかけ、命に関わる危険も
食べられるキノコを識別する方法として「匂いと味」を参考にするというアドバイスが含まれていた・・・毒キノコを「味」で識別しようとすればその時点で毒に当たってしまう・・・。
(Gigazine 2023年09月04日)
※AI画像『マジカルきのこが生える森-部分-』
人体を持たないAIだからこそ、毒の有無は食べて確かめましょうとあっけらかんと書けるのですが、それが電子ブックとして流通するとは・・・、現代版リアルホラーそのものです。
仕事での情報発信はひとつのミス、ひとつの間違いでも大きな損失と信用の失墜をもたらすことがあります。それとは違い、教育の現場で生徒たちに試行錯誤させるのは悪いことではありません。
ただし、社会的常識が不十分な小中学生が正しい情報にたどり着くためには、適切に指導できる教師の存在はより重要になります。
日本の教育の現場では「注意しつつ使い、時代に乗り遅れるな」とばかりに、アクセルとブレーキを同時に踏むような使い方が推奨されています。
ChatGPTが登場して初めての夏休み。日本の教育現場ではどのように使われたのでしょうか。
3人に1人が「生成AI」夏休みの宿題に活用、一番使われたツールは「ChatGPT」
学校や保護者も肯定意見が上回る
調査によれば、夏休みの宿題があると答えた学生の男女533人のうち、34.1%(182人)が生成AIを活用したという。
(ITmedia/山口恵祐 2023年9月6日)
筆者が疑問に思うのは、学校の教科書にはひとつの間違いも認めないほど厳密な検定制度を設けているのに、なぜ生成AIには誤った情報提供を容認しているのでしょうか。
正しいことだけを学習させてきた教育の場に、フェイクを織り交ぜてアシストしてくる生成AIは、トランプのジョーカーのような存在にしか見えません。
PCを使った学校教育が行き詰まりを見せているからか。それとも使いやすいツールと安易に飛びついているのか。
情報リテラシーについての議論も教員の訓練もなく、生成AIを教室に持ち込むことでどのような成果を期待しているのでしょうか。
「生成AIの助け(アシスト)は万能ではないし信頼性もない」
百歩譲ったとして、このことを学ぶだけでも、教育的効果はあるのかもしれません。しかし、生成AIを使いこなすにはまだ入り口にもたどり着いていない気がします。(水田享介)