「できる!」ビジネスマンの雑学
2023年02月13日
[770]あなたはどう生きどう死ぬかを問いかける「寿命が尽きる2年前」

 人はある歳を過ぎるか、大仕事(ライフワーク)が一段落するか、はたまた老境に差し掛かるかすると、「自分はあと何年生きられるのだろうか? まだやり残したことはなかったか? アレはまだ間に合うのか?」などと、自問することがあるようです。

 心の内にそんな難題をいだいたまま悶々と日々を過ごしている人は、この本を読むことをおすすめします。

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「寿命が尽きる2年前」(久坂部羊・幻冬舎新書)

 著者は問いかけます。残りの人生はあと2年と知ったとき、あなたはどうしますか。

あなたならどのコースを選びますか。
(3つのコースは筆者が本の内容から抽出したもので、この本の著者が問うものではありません)

1)寿命を1日でも延ばすため、全財産をかけて残りの2年間、病院でつらい治療に専念する。

2)治療はほどほどに、体が動くうちにやり残したことを2年間で決着をつけてこの世を去る。

3)すべての治療を拒否して、欲望のままに飲んで食べて他人の目を気にせず自由を満喫。財産を使い切って亡くなる。

 著者は医師であるにもかかわらず、難解な医学用語は一切使わず「2年後に差し迫った死」というテーマを起点として、死生観、現代医療の問題、人生とはについて語りかけます。
 とはいえその内容は平易かつ、ソフトでわかりやすい語り口のため、一気に読み終わる人もいるでしょう。筆者は自分の経験を振り返ったり過去を思い返したりしながらの読書でしたので、読了までに2ヶ月近くかかってしまいました。

 一読して過去に書いたエッセイを集めたような印象を受けました。というのも、著者は時に醒めた医者であったり、時に人の不幸をいたわる良き人であったり、行き過ぎた現代医療に疑問を投げかける一市民であったりと、文章から見えてくる姿は一様ではありません。
 著者の多面的な死の見つめ方を集めたという意味では、このアンソロジー的構成は必然だったのでしょう。

 著者の主張が一貫していないという点を指摘すれば、この本の欠点かもしれません。しかしそれこそが人間の本当の姿と思えば、この本の魅力はひとつも損なわれてはいません。

 以下に視点の違いによって生まれる著者の様々な見解をまとめました。

■医師として培ったトーク術
 「患者の不安をよそにおいて理詰めで説得してくる医師の会話術」は誰もが聞かされています。おそらく世間一般の大多数の医師はこの診察室トーク術で仕事を仕切っているでしょう。
 この本の半分近くは、このトークが占めています。たとえば現在、新型コロナワクチンを打つか打たないかの問題。

 著者はワクチンを打ったほうが生き残る確率は高いからとワクチン接種をすすめ、医師として割り切った判断を下します。
 統計的に助かる治療を選ぶのが医師の仕事ですから、間違っていないわけです。ある意味で読者は医師はどう考えて治療しているか、その舞台裏を垣間見ることになります。

■ひとりの人間として医学界への疑問
 著者は医師としての立場だけでは割り切れないなにかを内心に抱いており、そのことが沢山の著作を産み出している原動力ともなっているようです。
 集団で一斉に行う企業や自治体の健康検診、個人的に申し込む人間ドッグ。こうした予防的医療に著者はあまり好意的ではありません。
 たとえば血圧の数値が安全範囲に収まるかどうかで一喜一憂する患者さん達。実はその安全範囲は絶対的なものではなく、安全な範囲がわずかに動くだけで大量の高血圧患者が産み出されるのです。そしておきまりの降圧剤の処方、大量に消費されるサプリメント類。この傾向は肝臓や腎臓など、血液検査や健康診断等で計測されるあらゆる数値に当てはまります。

 誰が何のために健康の基準を数値化し、患者数をコントロールしているのか。そして妄信的な健康信仰。医療を数字だけでしか見ないその傾向に著者は警鐘を鳴らします。

■著者が素の自分で語る治療の現場、終末医療の真実
 医学は死者を生き返らせることはできないという大前提がある以上、死にゆく人への行き過ぎた医療行為は止めるべきだという考えがこの本には貫かれています。

 たとえば口から食事を摂れなくなった患者にチューブで直接胃に栄養を送り込む「胃瘻(いろう)」。死を拒否し死なせない技術にすがる患者の家族が増えているそうです。死への忌避感が強すぎる今の日本社会に著者は釈然としません。
 食べる楽しみを奪い、体の自由を奪い、いつまでも生かし続けることが本当の医療かという著者の疑問はまっとうなものです。

 まっとうではあるがひとりの医師では解決できず、答えのない問題として誰も触りたがらないため、私たちの社会にいまも残りつづけています。

 自分の人生はどう終わるか、終わらせられるのか。その疑問への答えはひとつではなく、ひとりひとりが亡くなる間際まで問い続けるテーマかもしれません。(水田享介)

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