「できる!」ビジネスマンの雑学
2022年08月24日
[725]ここまできた。ハッカー、人工衛星を乗っ取る

 昨年の2021年10月、ハッカーたちがカナダの放送用衛星を乗っ取り、北半球全体に向けてハッカー会議の講演を生配信、おまけに映画『ウォー・ゲーム』(1983)をストリーミング配信するお騒がわせな「大事件」が起きました。

 そのうえ大胆にも、衛星電話の電話番号まで開設。宇宙から自分のナマの声を北米中にまき散らすという大迷惑(?)なサービスまで実現しました。
 まさにやりたい放題。だれにも邪魔されず、ハッキングの技術を誇示し、衛星の機能を使い尽くした暴挙でした。

 これにはハッカーたちは大喜び。乗っ取られたカナダ当局も大満足の模様。

 えっ、時価数百億円はする衛星を乗っ取られたのに・・・、カナダは大満足?

     ◆

 この「大事件」の真相は、人工衛星の乗っ取りは本当にできるのか、カナダ当局とセキュリティ研究者の共同研究だったのです。

 引退済みとはいえ放送用衛星を使った大がかりなハッキング実験は、国家を越えたメディア操作、プロパガンダを可能にする衝撃的な未来図を垣間見せました。

ハッカーが実演「役目を終えた人工衛星を乗っ取るのは簡単」
コーシャ氏(米セキュリティ研究者兼ハッカー)によると、Anik F1R(カナダの放送衛星)を含むほとんどの人工衛星には「技術的な制約がない」といいます。
十分な強さの信号を送信できさえすれば、人工衛星はそれを受信して増幅し、地上に送り返してくれます。
言い換えるなら、運用中の人工衛星は"音声を拾うマイク"のようなもので、一番大きな声を出した者が選ばれ、その音声が増幅される・・・。
ナゾロジー 2022年8月18日掲出・カッコ内は筆者加筆)

 たとえば、コンピュータのハッキングは、狙ったPCがどこにあろうとインターネットに接続さえしていれば、世界のどこからでもハッキングが可能です。
 同じように人工衛星が宇宙にあっても、通信経路さえわかっていれば、誰にでもハッキングできるはず。

 ただ衛星をハッキングしても何のメリットもなかったため、これまでやった人がいなかっただけでした。

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陸域観測技術衛星2号(ALOS-2) CG/c) 宇宙航空研究開発機構

 ウクライナ戦争でわかったように、無人機やドローンの導入により戦争の様相は大きく変わりました。通信衛星を使ったリアルタイムの情報交換、敵の正確な位置を取得するGPS衛星、高精度の撮影が可能なスパイ衛星など、多種多様な衛星は戦局を左右する重要なツールとなりました。
 そうなると、国家間の紛争において、攻撃のターゲットが衛星に向けられるの当然の帰結でしょう。

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PRISM(パンクロマチック立体視センサー)/c) 宇宙航空研究開発機構

 中国やロシアでは、すでに軍事衛星やミサイルを使って、宇宙空間にある衛星を物理的に破壊する実験に成功しています。

中国、衛星破壊の実験? 軍内部文書に「宇宙は戦場」
 監視レーダーが捉えた3基の衛星の動きに米軍は注目した。そのうち1基が一緒に打ち上げられた別の衛星に近づき、2本のロボットアームを延ばして捕捉。その後、軌道を変え、別の衛星に急接近したのだ。
朝日新聞デジタル 2019年1月27日掲出)

ロシアが人工衛星破壊 なぜ「無謀で危険な行為」なのか
破片の雲はロシアが衛星破壊ミサイル(ASAT)を使って自国の古い人工衛星を破壊したものであると発表した。これによって大量の宇宙ごみが発生し、宇宙ステーションや低軌道(高度2000キロ以下の軌道)にある他の人工衛星を危険にさらすことになった。
ナショナル ジオグラフィック 2021年12月6日掲出)

 物理的破壊はわかりやすい攻撃ですが、コストがかかる上にスペースデブリという負の遺産までまき散らしてしまいます。

22082403.jpg
スペースデブリのイメージ

 その一方で衛星ハッキング技術は、スマートで魅力的な新しい武器です。

 ターゲットの衛星には事前に侵入してバックドアを仕掛けておき、時にデータを掠め取り、時に乗っ取り、いざとなれば墜落させてしまう。狙った衛星をだけをピンポイントで攻撃できるハッキングは、これからの宇宙での戦いの主流となるでしょう。

 今回は衛星のセキュリティを高めるための実証実験でしたが、軌道上の衛星がハッキングできたことで、宇宙戦争という言葉がただの興味本位やSFの絵空事で終わらない時代に入ったといえるでしょう。(水田享介)

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