もうすぐ始まる十連休。日本を離れて海外に出かける人、どこにも出かけず元号の変わり目をテレビで確かめる人、子供の相手や親の世話で過ごす人...、人さまざまな十連休があることでしょう。
旅をするしないにかかわらず、旅の雰囲気を存分に感じさせてくれる本をご紹介します。
「ラオスにいったい何があるというんですか?紀行文集」(著:村上春樹/刊:文事委春秋)
村上春樹といえば、幅広い世代にファンが多い作家で、その紀行文集です。2015年の出版ですが、内容は過去20年にわたり書いてきた紀行文をまとめた形になっています。
村上氏が若い頃に小説を書いた場所であるギリシャやボストンを再訪したり、初めて取材で訪れた国々で起こるイベントやちょっとした事件など、九ヶ所の旅について書いています。
※書籍の表紙
ラオスの好きな筆者(水田)は、タイトルにひかれて読み始めましたが、その期待は裏切られました。どこに行こうとも村上春樹は村上春樹でした。文章からは私の知っているラオス風景はさほど見えてきません。
ではラオスを見なかったかというとそういうわけでもなく、朝のお布施で修行僧に食事を手渡すという体験をしています。旅行者が気安くできる体験ではありませんから、ラオス人の宗教観を知るにはもってこいの貴重な体験だったことでしょう。しかし、彼の視線はつねに自分の内へ、内面へとむいています。
そこには読者に仮想の旅を提供する、サービス精神あふれる旅行ライターではなく、この旅の体験から導き出される自分そのものを描く作家の姿があります。
ギリシャやアメリカは、どちらも一年から数年は住んでいたわけですから、その地では住民として過ごしていました。
村上氏はその地でかつての自分を振り返り、過去と現在を旅するその視点こそが旅人のそれであり、風景も人もさまざまな習慣も、氏の精神拡張の触媒にすぎないようです。
つまり、作家としての姿勢はどこを旅しても変わらない。そのことに読者は気付かされてゆきます。
とはいえ、この本を読み進むにつれ、知らず知らずのうち、読者は旅に駆り立てられる構成になっており、やはりすぐれた紀行文として成立しています。
これから旅に出かける人も、今はまだ旅ができない人も、ぜひ手にとってみてください。(水田享介)