私たちは数字を根拠とした論文には、反論しにくい。日本全国を対象に調査した、世界各国で調査比較したといわれるとなおさらである。たとえ極端な内容の記事であっても、その論拠となる資料があれば、ツイートやブログに疑いもせず引用してしまうことがある。
そして、実態とかけ離れた誤った認識が広く世間に拡散され、いつしか根拠のない世論として形成されていく。
日本の学生のパソコンスキルは、先進国で最低レベル
「デジタルネイティブ」世代ならパソコンを使えるだろうと期待するのは大間違い
パソコンが普及した90年代以降に成長した世代を「デジタルネイティブ」と呼ぶ。しかし、これに該当するはずの日本の学生のパソコンスキルが、実は先進国の中でも最低レベルだということは余り知られていない。
内閣府が2013年に実施した『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』では、7か国の若者に対し、パソコンやスマホといった情報機器の所持について尋ねている。
日本は携帯ゲームの所持率は最も高い。しかし他の4つはいずれも最低だ。とくにパソコンの所持率が、欧米諸国に比べて格段に低い。自分専用のノートパソコンを持っている割合は43.3%、デスクトップパソコンは2割にも満たない。
ちなみにノートパソコンもデスクトップも持たない者の割合は、日本が45.3%、韓国が19.9%、アメリカが11.4%、イギリスが9.2%、ドイツが6.7%、フランスが7.6%、スウェーデンが7.1%で、日本が圧倒的に高い。
(NewsWeek日本版 2015年9月9日 舞田敏彦(武蔵野大学講師))
この記事を書いた方は、内閣府が2013年に実施した『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』をもとに、「10代の情報機器の所有率(%)」を作成したそうだ。
しかし、筆者が原本をあたっても該当する資料がないため、調査の内容を精査してみたところ、意外なことがわかってきた。
「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」
(平成26年6月 内閣府)
●わずか34人の10代が日本代表
この調査を始めるに当たり、13歳から29歳までの男女1000人(男女構成数=男509人:女491人)のうち、10代の男女は395人(全体の約40%)を割り当てていた。
■表1 性別、年齢区分別標本数の割り当て表
しかし、実際に回答を得られた10代男女はわずか44人(該当年齢標本数の約11%)にすぎない
若者の定義を高校生以上(ここでは16~19歳)とすると、たった34人の回答者数しかない。日本全国から調査したと言いながら、34人である。
34人と言えば、とある高校ひとクラスで聞いてみました程度の調査にすぎない。34人が上記のニュースが言うような「日本の学生」に該当するといえるだろうか。
また、内閣府調査では年齢の区分はあるが、全員が学生とはひと言も触れてはいない。
いずれの国も数十人規模にすぎない調査対象数を根拠として、パソコンやノートパソコンの所有率を、国別に比較することに意味があるのだろうか。
■表2 回収標本比率
※44人と算出した根拠(「第1部 調査の概要」より筆者まとめ)
男13~15歳 58人から 9.9%= 5人
男16~19歳 145人から13.4%=19人
女13~15歳 54人から 7.8%= 4人
女16~19歳 138人から12.1%=16人
ちなみに20~29歳の男女回答数は、85人(19+25+18+23)。回答者数は129人(母数1000人)であり、全体で見ても13%程度のサンプルである。
●パソコンを操作させずにパソコンスキル調査
この記事の後半にある、コンピュータスキル調査に至っては、論点の根拠にもなってはいない。なぜなら、パソコンを操作したスキルテストの結果ではないからだ。
■OECD『PISA 2009』の質問ページ
15歳の生徒に質問をして、表計算でグラフ、パワーポイントでプレゼン資料を「作ることができると答えた」にすぎないのである。本当にグラフや資料を本人が作成できたのか、「パソコンでテストした結果ではない」ことに注目したい。
やったことがなくてもできるはず、と答える「回答スキル」の高い国民が上位に来ることは、容易に想像できよう。
MS Officeを使う必要がない15歳の日本の若者なら、正直に使えないと答えるだろう。
筆者は専門学校や企業で、専門的なアプリケーションを教えていたが、MS Officeを教えたことはなかった。片手間に自習するだけで、誰もがすぐに操作を覚えられたからだ。MS Officeは、データをやりとりするツールのひとつ過ぎないし、パソコンスキルを測るためのものではない。
●達成感や満足度は国によってまったく違う
なお、筆者は内閣府の調査を貶める意図はない。それどころか、調査結果に対して述べられた「有識者の分析」には、意義のある一文がさりげなく差し込まれている。調査結果を盲信すべからず、という警鐘にも聞こえるのは、筆者だけではないだろう。
「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 第3部」より抜粋
「日本の青年は『自分への満足感』は低いが,それは自己有用感との関連で考えられた上での結果である。それに対してアメリカ・イギリスの青年の「自分への満足感」は非常に高いが,それは自分が役に立つ存在であるといった自己有用感とは別次元で考えられた結果である」と。つまり,日本の青年の満足感の低さは,自己の有用性に関する判断と関連した上での自己評価であり,他国の青年とは異なる基準でとらえられた結果である可能性が考えられるのである。
『第3部 有識者の分析「自尊感情とその関連要因の比較:日本の青年は自尊感情が低いのか?」』(北海道大学大学院 教育学研究院 准教授 加藤弘通)
●日本の若者が「先進国で最低レベル」はミスリード
ミスリードとも思える記事を掲載するマガジンサイトが、もしもクオリティマガジンと自覚するなら、日本の若者は・・・、と頭ごなしに論ずる前に、論拠となる調査が信頼に足るデータなのか精査しておく義務があるだろう。
「先進国で最低レベル」のクオリティマガジンと言われたくなければの話だが。(水)