青春期には太宰治やカフカなどに入れあげたような文学少年や文学少女ですら、
年をとるにつれ、フィクションが読めなくなる人が多いらしい。ファンタジーな
んて全然受け付けない。分かる気がする。フィクションを読むのは自分の感受性
と対峙する行為だから、忘我とか共感とか感情をもっていかれる覚悟とか、精神
的な体力がいる。忙しい大人の世界で仕事に体力、精力を吸い取れながらフィク
ションを読むのがしんどくなるのだろうと思う。
フィクションを読まれる年配の方に非常に多いのは、歴史人情小説や推理小説
を中心に読書する方。これらは純粋にエンターテイメントとしてある程度型の決
まった安心感の中で読めるから読んでいて楽(まさしく娯楽)なんだろうと思う。
だから私は、先を見据えて、今はそれらを極力避けている。藤沢周平も山本周五
郎もエラリークイーンも東野圭吾もきっと面白いに違いないけれど、先の楽しみ
にとっておく。まだまだ私は脳をびしばし刺激する一筋縄ではいかない小説にた
くさん出会っていたい。
さて、最近、娯楽を求めた本ばかり読んでいるな、という方にオススメの1冊。
私が「アライバル」という文字のない絵本に出会ったのは東北大震災後の4月。
たくさんの書評が出て、我が店の店頭に平積みされていた。帯文の「本読みの達
人が選ぶ3.11後に読む本」「どんなことばより雄弁な希望」という文に惹かれて
購入した。
帯文のとおり、美しくて、不思議で、希望に満ちた本。
そして大人こそ読むべき絵本。
あらすじは、不吉なことが起きた町で暮らす家族の父が新天地を求めて旅立つ。
言葉も通じず、食べるものも文化も違う不思議な国で時につらい思いをしながら
も、彼は次第に人々と心を通わせ、居場所を見つける。そして、妻と子を呼び寄せ、
本当の笑顔で笑える生活を、新しい土地でもう一度築く、というもの。
あらすじを紹介するのさえ、不安になる。ことばがない本だから、もしかしたらあらすじさえも人によって解釈が異なるのかもしれない。読む時の環境によっても違う思いを抱くかもしれない。実際、私は「これは大人のファンタジーだな」と思ったり、居場所を求める家族の苦難の物語だと思って読んだり、登場人物たちそれぞれが背負っている人生の重みを実感する群像劇として捉えてみたりした。
未読の方は是非、1ページでも開いてみてほしい。何を感じるか、自分の感情の動きを面白いと思うはず。美しい絵を眺めながら、物語に自分でことばをつけてい
くような読書だから、読むたびに違う刺激に出会える。人はどんな場所でも生きていける、という勇気をもらえる本でもある。
心を震わす読書、宝物のような1冊です。
有隣堂新百合ヶ丘エルミロード店
門脇 順子
************************************************
「アライバル」
河出書房新社 本体2500円+税 著:ショーン・タン
************************************************
ジュンク堂書店神戸住吉店
大谷 明日香