この本は、「シューホフおじさん」からにじみ出る魂に感化され読みました。「シューホフ」とは、『イワン・デニーソヴィチの一日』の主人公。「シューホフおじさん」とは、昨年からわけあって共に働くようになった同僚のこと。
スターリンが生きていたころのソ連の強制収容所が舞台です。朝の五時から夜十時まで、囚人のシューホフを通じた一日が克明に描かれます。
目覚めは極めて悪い。体の隅々が痛い。病気ではないかと思い医務室に行くが、すでに作業免除の少ない席は埋まっている。冷めてしまった野菜汁をすする神聖なひと時もあっけなく終わり、看守に追い立てられてマローズ(酷寒。気温マイナス三十度)へ。シューホフの属する百四班に割り当てられた仕事は暖発電所の修理。シューホフには、熟練の石工として、壊れた壁の修復が課せられる。彼は、自分が囚人であることすら忘れてブロック積みに集中する。もっとモルタルだ!と叫びながら。モルタルは、すぐにマローズで凍ってしまう。汗を流し、班長のもとに一致団結し、いい仕事を一生懸命にする。
日は暮れ、疲れ切ってとぼとぼ「我が家」に帰還していると、右手に機械工場班が見えてくる。もう力なんか残っていなかったはずなのに、我先にと皆で励まし合って疾走。先に収容所へ着かれてしまったら、マローズの中で待たなければならないから。
本当に状況は過酷です。それだけでうつ病になりそうな。そうでありながら、随所に笑えてしまう場面が出てくる。夕飯にいち早くありつきたい囚人と食堂管理人が押
し合いへし合いするところなど。そしてシューホフの生き残るために研ぎ澄まされた技の数々
に感心する。
おがくずマットレスにパンを忍び込ませ、縫い合わせる。拾ったのこぎりの刃を、石で研いで
小刀にする。所持する自前の道具たちは、例えば小包を開けるための必需品となって、見
返りのソーセージとビスケットと角砂糖に変わる。自ら稼いだ食料を、お祈りしかできない
隣人に与える人間味を失わない。
貧相なスープをいただく一瞬。彼はとにかく耐え抜こうと、ただそれだけを思っている。眠りに
落ちる一分前、彼は今日一日幸運だったと神に感謝する。
収容所の一日の多彩な人々の語り、関わりによって、社会の有様を表現し得ている。生きる
知恵が凝縮されている。悪いこともいいこともすべて含まれている。ごつごつした文章も、読
み進めると宝石になっていく。
マローズから産まれた一冊。飢えた腹にしみわたる熱いスープのような本。これを読まない
で何を読もうと言うのか。どんなに厳しい状況にあっても、それらを乗り越える力を何度でも
汲み上げる。これで本体四百三十八円ですよ。読まなきゃ損です。
リブロ池袋本店
地図・ガイド担当 菊田 和弘
書名 :イワン・デニーソヴィチの一日
著者 :ソルジェニーツィン
出版社 :新潮社
ISBN :9784102132012
本体価格 :460円