『こころ』は1914年4月から8月、朝日新聞に連載されました。
今から96年も前のことです。
『こころ』と出会ったのは、大学受験にすべて失敗し、予備校に通っていた1995年、池袋の古本屋で。もう一度読み直したのは2000年、大学生の末期、Kのことを思い出したのでしょうか。自発的に再読した唯一の書です。
ずばりこの本は、自殺予防の話なのだと、私は理解しています。
「私」という学生は、海水浴場で沖へ行こうとする「先生」を止める。
「私」は「先生」と出会ったときから心配を覚えていました。
先生の家に訪問するようになり、奥さんとも知り合い、二人で協力して、なんとか先生を理解しようと努める。
熱意は通じます。
先生は、この私一人だけを信頼するようになる。
その証として、それまで誰にも言えなかった「こころ」を、私にすべてさらけ出す。
遺言として。
1910年、夏目漱石は修善寺で大吐血をし、死の淵から奇跡的に生還します。
その前年、養父(実父50才のときの子で恥とされ、2才から7才まで養子に出されていた)から
金をせびられていた。
亡くなったのは1916年、『こころ』は漱石の「こころ」の集大成と言える。
両親から愛されなかったこと、愛を求めたゆえにKという親友を死なせてしまったこと。
人を信じたいのに利用しようとする人。
もっと生きたいのに、病は自由を容赦なく奪う。
小説中の「私」は、読むうちにいつの間にか読者の私と重なっていく。
「先生」は漱石に。
彼は、読者である誰かを心底信頼した。次の世代の人々に最高のものを残したかった。
半分以上死に首を突っ込んで、それでも若い私に語りかけたかった。
Kと先生は、「こころ」の中で自殺した。
私たちは彼らを救うことはできなかった。
しかし、それは虚構の中でのこと。
読み終わったとき、私たちは現実に帰ってくる。
失敗から学ぼうとする今生きる人として。
大事なのは信頼関係なのでしょう。
なんでも腹を割って話せるということ。
自殺せざるを得なかった先生は、腹から語りたくてしかたなかった。
しかし、誰にでも話せるわけではなかった。
私という、まじめな人間が必要だった。
まじめであることの価値を、改めて教えてくれました。
人生には辛い時間の方が多いかもしれないけど、この世に私が生まれてきたことの意味、
命尽きるまで生きる責任に訴えかける、いつまでも新しい本です。
いつまでも手放すことのできない本です。
リブロ池袋本店
地図・ガイド担当 菊田 和弘
書名 :こころ
著者 :夏目漱石
出版社 :新潮社
ISBN :9784101010137
本体価格 :380円