この小さな文庫本を、どこで買ったのか、いつ買ったのか、まったく覚えていない。
でも、薄汚れつつ、今もここにある。
一人で不安でさびしい夜、枕元に置いて眠った。
そんな、僕にとっては、とても大切な本。
何度読んでも新しい。今の僕の心が反射されるよう。
あらしの後の花
兄弟のように、みんな同じ方を向いて
かがんだ、滴の垂れる花が風の中に立っている。
まだおどおどとおびえ、雨にめしいて。
弱い花はいくつも折れて、見る影もない。
花はまだ麻痺したまま、ためらいつつおもむろに
頭をなつかしい光の中にまた上げる。
私たちはまだ生きている、敵にのみ込まれはしなかったと、
兄弟のように、最初の微笑を試みながら。
そのながめで私は思い出す。自分が気も遠く
ぼんやりした生の衝動に駆られ、やみと不幸とから、
感謝しつついとおしむやさしい光に
立ち帰った時のかずかずを。
再読してぐっと来た一遍を引用しました。
著者のヘッセは、二つの大戦で激しく痛みました。ドイツに生まれながら、戦争反対を貫いたために。
しかし時間は、彼が正しかったことを証明しました。
その彼の心、態度が、数々の詩に凝縮されて現れています。
現代もまた、見えない敵と戦っているかのようです。
不況、格差、うつ病、自殺、殺人・・・。一歩間違えば路上生活という圧力。相手のはっきりしない、
大きな不安。
こんな時こそ詩が、もっと読まれていいのではないでしょうか。本の中でも詩は、最も心に近いと
思うのです。そして心が、人を、社会を作っていくのではないでしょうか。見えない心に触れ、
希望へ、成長へ、つながりへ促す言葉たち。それが詩です。
ヘッセは、書店員から社会人を始めた。
100年後、彼を真似た男が、ここにいる。
僕にとっては原点であり、本の力をまざまざと感じさせてくれる一冊です。
しかし残念なことに、この本は品切となっているようです。それでも、ふらっと立ち入った古本屋で
出会うかもしれません。僕もそうして、たくさんの宝を見つけてきました。
最後に、僕の勤めるリブロ池袋本店は、10月29日より、大改装を経てリ・オープンしております。
どうぞお立ち寄りください。
リブロ池袋本店
人文書担当 菊田 和弘
書名 : ヘルマン・ヘッセ
監修 : 高橋健二
出版社 :新潮文庫
本体価格 : 400円
ISBN : 9784102001196