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 目から鱗!気分を変えて英語に向き合う処方箋! 第10回(連載10回)
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目から鱗!気分を変えて英語に向き合う処方箋! 第10回(連載10回)

「国」と「心」の中の「英語帝国主義」を打破せよ! 
                     「それなり」に「自己流」でOK!

 最終回に、日本の英語教育の問題点をおさらいしておきましょう。

 それは、英語が好きで受験英語が得意だった人でも、その英語が使えないという大問題、そして英語に乗り遅れた苦手だった人々の問題の二点に尽きます。大学の現場でいつも思うのですが、理系の人々は、あまり問題では無いのです。何故なら彼らは最悪、英語が苦手でも何とかなるからです。まずもって彼らには手に技術があります。そして彼らはポテンシャル的には、必要と感じれば、「英語などという道具に過ぎない物」に取り組む意欲と能力を持っています。しかしより根源的には、理系の学問は、日本語から出発しないことです。
 自然現象や生物というユニバーサルなものから出発する学問なので、つまり頭のなかに日本(語)という壁は存在しないのです。文系の学問こそ、政治学にしろ法律学にせよ、日本という壁に囲まれ、日本語という媒介語によって発想するのです。その壁を取り崩すのが昨今のグローバル化の大命題であって、そもそも壁がない人は、最初から問題ではないということです。誤解を恐れずに言うなら、理系の彼らは、カンボジアの子供たちのように、ゆくゆくは英語など使うようになる(なれる)のです。当然、帰国子女とか、特殊な環境にあった人たちも、今の日本のグローバル化の議論の対象にはなりえません。大半の日本人が、彼らのようになりたいと願っているのですから。彼らにとっての問題は、むしろ逆に、日本社会で、上手くやって行ける技能をどう身につけるかになってきます。

 それでは何故、英語好きでも英語が使えない問題と英語嫌いの問題が発生してくるのでしょうか?それは究極的には、上で述べた英語学習の理想主義、完成形をあくまで目指すという完璧主義のもたらす弊害に他なりません。
 それではその完璧主義はどうしてもたらされたのでしょうか。

 このように考えてくると、大変大きな、そして恐ろしい現実に直面してしまうことになります。ちょっと目先を変えて、日本ではなく、世界の視点から考えてみましょう。「英語帝国主義」という言葉があります。英語が世界を牛耳っており、英語の非ネイティブの人々は、ネイティブに対して大きなハンディキャップを負っているとして、英語支配の構図を糾弾する立場の考え方です。でもこれは外交や国連とか、ビジネスとかの国際舞台での話だけでなく、同じ構造が国のレベルでもリンクしていて、各国の国内でも見られることです。例えばアフリカなどの開発途上国では、一握りのエリートが、早くから英語(仏語)教育に馴染み、高等教育などは旧宗主国などに留学し、堪能な英語(ないし仏語)で、国を指導する(牛耳っていく)立場になっていくという構図です。その構図が国内にビルトインされていて、エリート層が再生産されていくわけです。

 日本はアフリカとはまったく状況が違うと多くの人が考えるでしょう。確かに表向きは違って見えます。日本では、ある種、国粋主義的に、教育を含め、すべてが日本語で行われ、公正な試験制度などによって進学や就職(特に公務員は)が決まるので、例えば英語で教育を受けた人が特権階級を構成するなど、有り得ないと反論があるでしょう。でも実態はどうでしょう。受験英語も抜群だったキャリア官僚になった人は、その後、国費で海外留学する機会に多く恵まれます。エリートと言えば、総合商社に入った人なども、人間力を含めた他の基礎能力に加えて、英語大得意な面々ばかりです。帰国子女や、在学中に交換留学など経験した人が多数、含まれます。総合商社でなくても、大卒で大企業に入る人は、大概、そうした人々でしょう。

 筆者は今は千葉大学所属ですが、昨年まで岡山大学という、地方大ではあっても、旧制医科大に端を発する伝統ある国立上位大学で長らく教えていました(ちなみに千葉大も岡山大も、「旧六」(国立六大学)と略称される旧制官立医科大学のメンバーです)。岡山大学生くらいになると、交換留学を経験してTOEICが800点以上になって帰ってきた学生は、どんどんと大企業に就職していきました。簡単に言えば、留学経験のある岡山大生は、旧帝大や一橋、早慶レベルとほとんど遜色なくなるのです。それはほとんどマジックとでも言える留学効果だったような気がします。

 正確を期すために申し添えておきますが、岡山大学は、それでも地方大であり、多くの例にもれず、地方公務員など地元志向の強い学生が多く、結果、英語力に限っては総じて低いです。全体のTOEIC平均点が500点行くか行かないかといったところ。もちろん平均なので、高い医学部から低い夜間学部まで、さまざまですが。それでも皆、センター試験目指して満遍なくコツコツ努力する真面目な学生が多く、そうした基礎学力を持った人が、留学により異文化対応能力と英語力さえ獲得するなら、鬼に金棒という状況になるということです。

 さてそうした経験から何が言えるでしょうか。植民地だったアフリカの例ほどあからさまではないにしろ、日本も、英語が、いや正しくは英語もできる人がエリートとなり、社会を指導していく制度が実質的に備わっているということです。
 それを陰から支えているのは、学校の英語教育の体制と、街中の無数の英会話学校の存在です。それらがエリートの英語能力向上に寄与しているというわけではありません。むしろ逆です。

 中高での学校の英語教育は、完璧を目指す姿勢を崩さず、それがために多くの英語嫌いを生み出し、彼らの劣等感を助長します。街中の英会話学校も、ネイティブスピーカーが大手を振ってまかり通っていて、ネイティブのように話せることが理想のような考えを固定化させ、英語という存在をさらに重要で高位なものというイメージ作りに寄与しています。両者相まって、高いハードルをさらに高めることにより英語を遠ざけ、英語とそれにかかわる英語教師たちのブランド力を高め、それによって、仲間の皆が食っていけるようなシステムが全体として整っているのです。大卒のネイティブスピーカーであれば、誰でも英会話教師になれる日本のような国が世界でどのくらいあり、そのためにどれだけの人が先生として食っていける構造が出来上がっていることか。その全体システムの犠牲者は英語弱者に他なりません。英語が仕切る世界と理想の英語の姿を見せられ、高い金を支払わされた挙句、ものに出来ず、諦めてしまった弱者がどれほどいることか。むしろ英語強者はそのどちらにも関わりません。学校の授業の英語だけで十分などと誰も思わず、自分から進んで追加の勉強をするでしょうし、ただ理想や幻想を追って、英会話学校に行くこともないでしょう。

 結局、日本では、英語教育の全体の枠組み、環境が、英語による人々の差別化を助長するよう構築され運用されているとしか考えられないのです。英語は支配するための道具であったし、支配されるための理由でもあったのです。
 要するに一国の中での英語帝国主義です。

 逆に言えば、国民の皆がカンボジアの少年のようなアプローチで英語を習得してゆくなら、全体が瓦解しかねない代物なのです。教科書を読むしか能がない学校の英語の先生たちの権威は消え失せ、白人ネイティブスピーカーの先生たちの姿も日本市場から消え失せるでしょう。

 最後に再度、カンボジアの少年の話に戻りましょう。必要に応じ、一つずつ英語を覚えていくアプローチは、まさに英語ネイティブの子供たちの覚え方と一緒です。子供たちは、わかる範囲の英語の数を、必要な範囲で、毎日、増やしていくのです。大人たちが喋る普通の会話はまったくチンプンカンプンです。映画を見ても分かりません。考えてもみれば、日本人の私たちでさえ、完璧な日本語の知識があるでしょうか?そして日々、完璧を求めていますか?知らない単語、使わない用法、自分だけの言い回し、さらには間違った言い方等々、完璧には程遠いですね。テレビや新聞で言っていること、全部を理解していますか、理解出来ますか?日本人だって、非常に狭い範囲で日本語を繰り返し用い、日常生活を送っているのです。歌舞伎や日本映画を見ても、聞き取れないことなど多々あって普通のはずです。

 日本語ですら完璧を求めないものが、英語になると、何故か完璧を求めるというのは、あまりに無謀ではないでしょうか?TOEIC900点越え、英検一級の人間だって、誰も英語をマスターしたなどと思ってないし、それ以上が本当の勝負だと覚悟し、日々鍛錬し苦悩もしているのです。英語の文法的な体系や語彙をいつの日にか完璧にマスターしようとするのでなく、日々、言いたいことを少しずつ英語に置き換えてみる練習はいかがでしょう。所詮、人間は、知っている言葉の範囲でしか、喋れないし使えないものです。誰も、新聞やテレビのような英語や日本語を喋って暮らしているわけではありません。

 要するに本連載の結論は、「英語で不利な立場になるなんて、馬鹿らしいし、私は嫌だ。だったら壁をブチ破るためなら、たかが英語くらいやってやろうじゃないか!」ということなのです。


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タイトル 『目から鱗! 気分を変えて英語に向き合う処方箋!』
           ~ 理想や虚像に幻惑されないで、足元から着実に ~ 

千葉大学教授 小川秀樹 (国際社会論・グローバル人材論)

1956年生まれ。79年、早稲田大学政経学部卒業、ベルギー政府給費でルーヴァン大学留学。国連ESCAP(バンコク)、在イスラエル日本大使館勤務等を経て、横浜国大大学院博士課程修了。岡山大学教授等を経て、2016年より現職。

 著書に『ベトナムのことが3時間でわかる本』(明日香出版社)、『あなたも国際貢献の主役になれる』(日経新聞社)、『ベルギーを知るための52章』(明石書店)、『学術研究者になるには 人文社会系』(ぺりかん社)、『国際学入門マテリアルズ』(岡山大出版会)等、多数。

  
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