書籍の売上げが減り、稼働しない在庫が重たくなると、
書棚を圧縮してでもより売上げがとれる、あるいは粗利が
とれるものはないかと考えます。
書籍との親和性が高く、粗利がとれるものということで、
カフェ・スペースあるいは文具売り場ができたといったこと
は皆さんの現場でも少なくないかもしれません。
安価な初期費用で導入できるカフェや文具売り場の
パッケージを利用すれば、たしかに少ない労力で売り場を
有効に転用できるかもしれません。
しかし、コーヒーと書籍、あるいは文具と書籍を扱うとし
ても、その両立は簡単ではありません。
「売り場構成、商材の組み合わせで、お店全体として
どんな体験を売りたいか」という思いや具体的な企画
が伴わなければ、性格の違うそれぞれの商売を維持して
いくことは難しいと感じています。
書店が提案できる一番の価値は、やはり「棚の強度」です。
もちろん什器の耐久性のことではなく、品揃えの充実した
棚をめぐる「体験の強さ」という意味ですが、専業の新刊
書店においても、この「体験」が重要だと再認識しています。
粗利を上げるためにカフェを導入するとどうしても避けて
通れない課題が3つあります。
①カフェ・メニューの粗利率は静的に見れば書籍よりも
高いのが一般的ですが、客単価が書籍より低く、売上げ
は客席の回転率に規定されるため、動的に見るとさほど
簡単には旨味を得られるものではありません。
②多くの場合、競合する飲食店があります。その場合、
「本を自由に読めるカフェ」と打ち出せば、ライバル店
にはない強みになるかもしれません。しかしそうなると、
容易に読めて情報を消化できるタイプの書籍・雑誌は売れ
にくくなり、書店としては難しい課題を抱えます。また、
カフェに滞在する時間が長くなり回転率が上がりません。
③カフェだけでなくランチやテイクアウトにも対応した
フード・メニューに取り組むとなると、多様な業務に対応
するスタッフさんの研修や時給も検討しなければいけません。
そうすると、書店・カフェ両方の売上げを下支えする商材
をさらに考える必要が生まれるかもしれません。
カフェを導入した場合にも、座席を確保するために縮小した
書籍売り場には、そのサイズに合わせた適切な棚の再編集と、
品揃えの魅力や鮮度を維持する日常業務が必要です。
無理な縮小や不自然なレイアウトでは、単に「小さくなった
書店」とただのカフェが隣り合っているだけの「魅力のない
売り場」になってしまいます。
ブック・カフェだからこそ演出できる体験を作り出すには、
新しいサイズに適したアイテム数や、レイアウトの狙いに
沿った動線の流し方を構築する必要があります。
カフェにたまたま座ったお客様に、本との意外な出会いを
仕掛け、いかに書店の奥へと足を向けさせるか。または、
本がカフェで交わされる会話のきっかけとなって、豊かな
時間を作り出せるかどうか。文具を導入するなら、「読む」
と「書く」をどうつなげて提案するか。生活雑貨を導入する
なら、そのアイテムから想像されるライフスタイルの広がり
を書籍でどう表現するか。
いずれの場合にも、まず正しく返品を抜き書棚を縮めること
と、売り場を再編集すること、新たな書棚を日々回していく
作業が必要です。私たちの考える「普通の本屋」のための
思考と技術は、複合業態の書店にも必ず求められるはずです。
しかし現実には、複合業態に踏み出せば日常の雑務は
急激に増えます。限られたスタッフで期待通りの相乗
効果を生み出すことは、とても難しいものです。
それならば、餅は餅屋として、書籍の中から多様な売り方や
粗利を得る試みも考えられます。いわゆるバーゲン本の取り
扱いです。ここでいうバーゲン本は、古書ではなく、様々な
理由で出版社から放出された余剰な新本の在庫処分品です。
わざわざ売り場を割いてバーゲン本を導入するなら、やはり
仕入れが安価で値付けの自由な買切条件で仕入れをするほう
が良いでしょう。
バーゲン本の多くは新本定価の2~3割が卸価格となって
います。販売する際の値付けは基本的に自由ですが、新刊書店
の売り場では、「定価の半額セール」としていることが多い
ようです。
例えば、定価2000円の書籍を400円で仕入れ、自店では
1000円で販売すると、600円儲かる。すべて完売した場合の
理想値は、粗利60%となります。
もちろん実際には売れ残りが生じます。返品はできない
ため、在庫の額だけ粗利は食われ、在庫処分セールで消化
したとしても、値引きした分は目減りします。
したがって高い利益率に仕上げるには、在庫を持ちすぎず、
あらかじめ販売期間を決めておく必要があります。
具体的には
・毎月末に仕入れると決めておき、
月内に売り切れる程度の在庫しか持たない
・月初には新タイトルが入荷することを周知して、
早い時期に買い手がつく流れを作る
・在庫が一定数を下回ったときに仕入れると決めておく
・バーゲン・セールの会期を定めて告知しておき、
終了した時点で残った在庫をチェーン他店に送って巡業する
といったやり方です。
バーゲン本を扱うのは、単に粗利率が高いからではありません。
買切条件に慣れることで、仕入れの目利きと残り在庫の調整の
手腕しだいで大きな粗利が得られる「商売の基本」を訓練する
ことに狙いがあるのです。
また、バーゲン本コーナーがより効果的に機能するためには、
新刊書店としての品揃えがしっかりとしている必要があります。
バーゲン本といえども、ただ安ければ買ってもらえるわけでは
ないからです。「良い本が安い」という驚きがあってこそ、
バーゲン本コーナーにイベント性が生まれます。「良い本」を
求めるお客様を日頃から引きつけておくには、新刊書店として
の棚の質が求めらます。
専業の書店も複合書店も、一番の売り物は、実は本やコーヒー
ではなく「体験」ではないでしょうか。
著者や編集者は1冊の本を生み出します。私たちは本屋は、
本の魅力を伝えながらも、本と本の間に本ではない新しい意味
を生み出します。
1冊の本に封じ込められた世界と本たちが編み合わされ、
書棚と平台に広がる世界が入れ子になった
「書店空間をめぐる体験」こそが、お客様に提供できる
一番の商材ではないかと考えています。
場合によっては、本は、その体験の「お土産」なのではないか
とさえ感じます。
多種多様な書店の形態が生まれても、そのお店のお客様に
合った良い棚めぐりの体験を作る技術や知識は、さほど大きく
は変わらないと考えています。良い棚、売れる棚を作る
シンプルな考え方や技術を身につける上で、バーゲン本を買い
切って売る仕事はとても良い訓練になるのではないでしょうか。