最後に皆さんと一緒に考え直したいのは、「棚の整理整頓」
と「接客」についてです。どちらもお客様と対話をすること
であり、お店の第一印象を決めてしまう大事なものです。
2016年2月~12月まで連載してきた久禮亮太さんの『普通の本屋を続けるために』が冊子になりました!
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店内整理というとアルバイトさんにお願いしてしまいがち
ですが、店長こそ毎日やるべきだと考えています。報告書や
シフト表作成に手一杯で売り場に出られないときも、あえて
棚と向き合う時間をとるのです。
棚に手が回っていないときほど、帳票類の作成などの店長
業務を口実に、荒れ始めた棚から気持ちが逃げてしまう。
そして、ますますPOSの数字など抽象的なデータの世界に
逃避してしまい、棚の細部に手を入れる根気とお客様に立ち
向かう勇気を失ってしまう。私自身の経験です。
そんなときこそ棚と仲直りする手続きが大切なのです。
作業は、ひとりで棚と平台のすべてに触れて整えていきます。
お店全体の現状を自分の身体感覚で把握するのです。
売り場が広すぎて手に負えないと感じるときこそ、実際に
くまなく触れて歩くことで感覚をすり合わせることが大切
です。取り扱い点数の多さに自分を慣らす訓練という側面も
あります。
棚を整理していると、いつも決まって棚挿しの帯やスリップ
が乱れているのに売れていない場所に気づきます。気安く
手に取りやすいが買うには至らない程度の品ぞろえという
ことかもしれませんし、興味は惹かれるが買うためのもう
一押しが必要ということかもしれません。
お客様と同じ動線を辿りながら様々な視点で見た平台に、
なにか面白みを感じるでしょうか。
私たちは、放っておいても売れるような話題書だけを積んで
商売しているわけではありません。
「棚前の平積みこそが売上げをつくる」のです。
点在する本たちを線でつなぎ、「平台を編集」して、単体
では持ち得なかった新しい面白みを本と本の間に生み出し
ます。
書店員個人の価値観の押し付けではなく、こちらの提案と
お客様の反応が混じりあった「この店にしかないムード」
こそが、棚前の面白みの正体です。
それは抽象的なものではありません。これまで見てきた
売上げスリップやお客様の素振りや言葉から、私たちは
具体的な読者像をたくさん内面化しています。そして、
多くのロングセラーを正しく平台に埋め込んでいます。
また、売れなかった仕掛けの数だけ自分の思い込みも
修正しています。
こうして、様々なお客様の共感を呼び起こす魅力を
耕してきました。しかし、これまで考えを巡らせ手を
かけて編集してきた棚も平台も散らかったままでは、
お客様の心を掻き立てないばかりか、興ざめさせて
しまいます。
帯が歪んだ平積みやスリップの飛び出した棚差しを
見れば、すぐにそのお店の余裕のなさがお客様に伝わる
はずです。
書店に余裕がないのはどこも同じですが、たとえやせ
我慢でも、ゆったりとした時間を提供する必要があり
ます。本と出会うまでのぶらぶら歩きも、書店の売り物
だからです。
お客様には、行きつけの店で楽しく過ごした「お土産」
として本を買いたいという心情があるはずで、そのこと
を大事にしたいのです。
また、書棚を散策するお客様が心地良く過ごす様子には、
高い集客効果があります。お客様は、他のお客様の様子を
見ていないようで、よく感じています。
同様に店員の様子もしっかりと見ています。
私たちは、荷物が多い、人手が足りないといったストレス
を安易にお客様や訪問してくる出版社営業担当者に
ぶつけがちです。
この嫌な雰囲気で起こる客離れを勘定するなら、憮然と
して棚補充するのではなくニコニコして立っていたほうが
よほど儲かるのではないでしょうか。
このように、店内整理や接客の質を上げていくことの
重要性は、あらためて見直す必要があると考えています。
◆◇◆◇◆◇◆◇
本屋のこれからを考えるときに、書店の中だけを考えて
いても答えは出てこないのではないか。書店の基本業務を
整理し直しながら、そう感じていました。私たちは出版・
書店業界の内輪でのみ通じる言葉で語りすぎているし、
この業界特有の商習慣やその問題点を
言い訳にしすぎているとも感じていました。
この二年近くの間、新刊書店の外へ出て、「ひとりの本屋」
としてレストランやホテルといった異業種の現場の中で
書店機能を立ち上げました。そこで求められる私の仕事は、
企画書づくりや、イベントの仕込み、メディア対応など、
一見、新刊書店の仕事とは程遠いものにまで及びます。
彼らのような外側の人たちにとっては、本を使ってお客様を
喜ばせる仕事はすべて本屋の領分なのです。新刊、古書、
洋書だろうと、イベントだろうと、本の面倒をひと通り見る
のが本屋に期待することなのです。
新刊/既刊/古書の区別とは無関係に、「良い本と出会わせて
くれること」そのものが単純に求められていると実感します。
むしろこれこそが「普通の本屋」の仕事だとも思います。
しかし、そこには新刊書店の現状とは大きな隔たりがあります。
流通事情や「返品フリーな買切り」という注文条件の特殊性、
なぜ値引きできないのかといったことを一から説明して、納得
してもらわなければいけません。
このように習慣や常識を共有していない相手と商売の違いを
超えて、同じ店舗の中でお客様に一つの体験を売るために
それぞれなにができるかを話し合います。その過程では、自分
の仕事を一から棚卸しして言語化する必要に迫られます。
新刊書店の内部においても、本部と現場には対話が必要です。
両者は基本的に話が通じないものと前置きしたうえで、いかに
歩み寄って魅力的な店づくりをするかという対話を目指すべき
ではないでしょうか。
売上げ目標や人件費削減、粗利改善のための業態変更、こう
いった要請は合理的な経営判断によるものでしょう。 一方で、
現場の丁寧な手仕事こそが、店舗の存在意義とも言える
「棚の強度」とコミュニケーションを担保していることも事実
です。本部の指示に唯々諾々と従い陰で不満を溜めるのでは
なく、現場の機微を伝える論理をつくっていきたいのです。
そのために、様々な形の売り場や新しい表現方法に適応しながら
も、棚を介して売り手とお客様との多様なコミュニケーションを
つなぐという、本屋の仕事の背骨をしっかりと持ちたい。
そうあらためて考えています。
「普通の本屋」とは、多種多様な価値観や変化を受け入れる、
人間への興味や愛情によって支えられるものではないでしょうか。
<了>
書籍の売上げが減り、稼働しない在庫が重たくなると、
書棚を圧縮してでもより売上げがとれる、あるいは粗利が
とれるものはないかと考えます。
書籍との親和性が高く、粗利がとれるものということで、
カフェ・スペースあるいは文具売り場ができたといったこと
は皆さんの現場でも少なくないかもしれません。
安価な初期費用で導入できるカフェや文具売り場の
パッケージを利用すれば、たしかに少ない労力で売り場を
有効に転用できるかもしれません。
しかし、コーヒーと書籍、あるいは文具と書籍を扱うとし
ても、その両立は簡単ではありません。
「売り場構成、商材の組み合わせで、お店全体として
どんな体験を売りたいか」という思いや具体的な企画
が伴わなければ、性格の違うそれぞれの商売を維持して
いくことは難しいと感じています。
書店が提案できる一番の価値は、やはり「棚の強度」です。
もちろん什器の耐久性のことではなく、品揃えの充実した
棚をめぐる「体験の強さ」という意味ですが、専業の新刊
書店においても、この「体験」が重要だと再認識しています。
粗利を上げるためにカフェを導入するとどうしても避けて
通れない課題が3つあります。
①カフェ・メニューの粗利率は静的に見れば書籍よりも
高いのが一般的ですが、客単価が書籍より低く、売上げ
は客席の回転率に規定されるため、動的に見るとさほど
簡単には旨味を得られるものではありません。
②多くの場合、競合する飲食店があります。その場合、
「本を自由に読めるカフェ」と打ち出せば、ライバル店
にはない強みになるかもしれません。しかしそうなると、
容易に読めて情報を消化できるタイプの書籍・雑誌は売れ
にくくなり、書店としては難しい課題を抱えます。また、
カフェに滞在する時間が長くなり回転率が上がりません。
③カフェだけでなくランチやテイクアウトにも対応した
フード・メニューに取り組むとなると、多様な業務に対応
するスタッフさんの研修や時給も検討しなければいけません。
そうすると、書店・カフェ両方の売上げを下支えする商材
をさらに考える必要が生まれるかもしれません。
カフェを導入した場合にも、座席を確保するために縮小した
書籍売り場には、そのサイズに合わせた適切な棚の再編集と、
品揃えの魅力や鮮度を維持する日常業務が必要です。
無理な縮小や不自然なレイアウトでは、単に「小さくなった
書店」とただのカフェが隣り合っているだけの「魅力のない
売り場」になってしまいます。
ブック・カフェだからこそ演出できる体験を作り出すには、
新しいサイズに適したアイテム数や、レイアウトの狙いに
沿った動線の流し方を構築する必要があります。
カフェにたまたま座ったお客様に、本との意外な出会いを
仕掛け、いかに書店の奥へと足を向けさせるか。または、
本がカフェで交わされる会話のきっかけとなって、豊かな
時間を作り出せるかどうか。文具を導入するなら、「読む」
と「書く」をどうつなげて提案するか。生活雑貨を導入する
なら、そのアイテムから想像されるライフスタイルの広がり
を書籍でどう表現するか。
いずれの場合にも、まず正しく返品を抜き書棚を縮めること
と、売り場を再編集すること、新たな書棚を日々回していく
作業が必要です。私たちの考える「普通の本屋」のための
思考と技術は、複合業態の書店にも必ず求められるはずです。
しかし現実には、複合業態に踏み出せば日常の雑務は
急激に増えます。限られたスタッフで期待通りの相乗
効果を生み出すことは、とても難しいものです。
それならば、餅は餅屋として、書籍の中から多様な売り方や
粗利を得る試みも考えられます。いわゆるバーゲン本の取り
扱いです。ここでいうバーゲン本は、古書ではなく、様々な
理由で出版社から放出された余剰な新本の在庫処分品です。
わざわざ売り場を割いてバーゲン本を導入するなら、やはり
仕入れが安価で値付けの自由な買切条件で仕入れをするほう
が良いでしょう。
バーゲン本の多くは新本定価の2~3割が卸価格となって
います。販売する際の値付けは基本的に自由ですが、新刊書店
の売り場では、「定価の半額セール」としていることが多い
ようです。
例えば、定価2000円の書籍を400円で仕入れ、自店では
1000円で販売すると、600円儲かる。すべて完売した場合の
理想値は、粗利60%となります。
もちろん実際には売れ残りが生じます。返品はできない
ため、在庫の額だけ粗利は食われ、在庫処分セールで消化
したとしても、値引きした分は目減りします。
したがって高い利益率に仕上げるには、在庫を持ちすぎず、
あらかじめ販売期間を決めておく必要があります。
具体的には
・毎月末に仕入れると決めておき、
月内に売り切れる程度の在庫しか持たない
・月初には新タイトルが入荷することを周知して、
早い時期に買い手がつく流れを作る
・在庫が一定数を下回ったときに仕入れると決めておく
・バーゲン・セールの会期を定めて告知しておき、
終了した時点で残った在庫をチェーン他店に送って巡業する
といったやり方です。
バーゲン本を扱うのは、単に粗利率が高いからではありません。
買切条件に慣れることで、仕入れの目利きと残り在庫の調整の
手腕しだいで大きな粗利が得られる「商売の基本」を訓練する
ことに狙いがあるのです。
また、バーゲン本コーナーがより効果的に機能するためには、
新刊書店としての品揃えがしっかりとしている必要があります。
バーゲン本といえども、ただ安ければ買ってもらえるわけでは
ないからです。「良い本が安い」という驚きがあってこそ、
バーゲン本コーナーにイベント性が生まれます。「良い本」を
求めるお客様を日頃から引きつけておくには、新刊書店として
の棚の質が求めらます。
専業の書店も複合書店も、一番の売り物は、実は本やコーヒー
ではなく「体験」ではないでしょうか。
著者や編集者は1冊の本を生み出します。私たちは本屋は、
本の魅力を伝えながらも、本と本の間に本ではない新しい意味
を生み出します。
1冊の本に封じ込められた世界と本たちが編み合わされ、
書棚と平台に広がる世界が入れ子になった
「書店空間をめぐる体験」こそが、お客様に提供できる
一番の商材ではないかと考えています。
場合によっては、本は、その体験の「お土産」なのではないか
とさえ感じます。
多種多様な書店の形態が生まれても、そのお店のお客様に
合った良い棚めぐりの体験を作る技術や知識は、さほど大きく
は変わらないと考えています。良い棚、売れる棚を作る
シンプルな考え方や技術を身につける上で、バーゲン本を買い
切って売る仕事はとても良い訓練になるのではないでしょうか。
『部下がついてくる、動いてくれる リーダーの教科書』の室井俊男先生の
出版記念トークショー&サイン会が開催されます。
会場:大盛堂書店 3Fイベントスペース
日時:1月22日(日)18:00~19:30 (17:30開場)
ゲスト:室井俊男さん
参加無料・先着50名様
ぜひ足をお運びください。