初めまして、久禮亮太@ryotakureです。
これから10回にわたり新刊書店に関わるみなさんと、
あらためて毎日の仕事の意味を考えてみたいと思います。
おしゃれなブックカフェやセレクトの効いた独立系書店、
家電とコラボした大書店など、きらびやかな新業態が
相次いで登場して、注目が集まりがちです。
もちろん、僕自身もそんなチャレンジに参加していきたい。
しかし、
本と読者の日常にとって一番大切なことは、
身近な「普通の書店」が一軒でも多く、
今よりちょっとずつ面白くて役に立つ存在になって、
存続することではないかと考えています。
掃除、接客、品出し、注文、返品......そんな日常の
手仕事のひとつひとつを、もういちど問い直して、
自分の技術として確かに身につける。
本と読者と自分の生活にとってこれからも本当に役立つ仕事と、
いっそ捨ててしまってもいいこと、
現代的にアレンジできることを、ふるいにかけてみる。
商売の環境が変わっても読者から求められる本屋とは何かを、
あらためて共有したい。
この連載では、そんなことを目指します。
僕は、新刊書店チェーンのあゆみBOOKSに
およそ18年間在籍したのちに退職し、ちょうど40歳を迎える
2015年の初めからフリーランス書店員「久禮書店」として
活動を始めました。
現在は、2つの新刊書店ブックカフェの運営に参加しつつ、
無店舗の書店主として本を仕入れて出張販売をする業務、
様々なご依頼に応じて選書をする業務を行っています。
また最近は、いくつかの新刊書店でスタッフさんの勉強会に
参加して講師をすることもあります。
書店の品出しや棚作りでは、膨大な新刊・既刊を
うまく組み合わせて、思わず買いたくなる面白さを
棚で表現するために、毎日の売上スリップを適切に
読み解いて、それを買ったお客さんの「心を読む」
ことが大切です。
一冊の本は著者をはじめ多くの人が関わって
製品となりますが、僕たち本屋は、いちばん川下で
その仕上がりを待っているに過ぎません。
ただ、お客さんが財布の口を開ける瞬間という
リアルに触れているのは僕たちだけです。
なぜ買ってくれたのか、買ってくれなかったのか。
自分の選書と積み方 がお客さんを刺激して
爆買いさせたのかもしれないし、店内整理が足りず
散らかった平台でげんなりさせたために
何も買わなかったのかもしれません。
その現象ひとつひとつの原因を考え、次の手を打つ。
またその結果を一冊一冊の売れ数と売れ方から明らかにする。
そんな小さな仮説と検証のサイクルを繰り返していくのです。
棚を介して、ときには直に言葉を交わして、
お客さんと繊細で濃密なコミュニケーションをとる。
それが本屋の醍醐味であり、仕事の本質だと思います。
今多くの新刊書店の現場の実情は、そんな理想とは
かけ離れた問題を沢山抱えています。
僕自身が経験してきた売り場もそうでした。
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コミックの新刊も入っているし、
同時に書籍の注文品と新刊で箱が30箱はある。
それなのに早番のアルバイトと自分の二人だけで、
すべてをお昼までにやっつけなければいけない。
午後から出社してくる遅番の同僚はまだ新人で、
とりあえず文庫と資格・語学書だけを担当している。
ほかのジャンルのことも教えなければいけないけど、
付き合ってあげる時間は自分にもないから、
とにかく今は新書もビジネスも文芸も全部自分でやるしかない。
おまけに夜番のアルバイトがドタキャンで、
返品まで自分でやらなければいけない。
そんな状況なのに、本部の上司が電話してきて
「売上前年比をあと5%は戻せよ」などと
ざっくりとしたことを言ってくる。
そんなこんなでムカムカしたままお客さんの
問い合わせを受けて、つい冷淡にあしらってしまって......。
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よくある日常です。
僕はこう思っています。
「荷物に気持ちが負けなければ、なんでもやれる。」
これは、根性論ではありません。
どんなに雑務が多く時間と人手が不足している状況でも、
自分なりの仕事の手順や意図を見失わないで手を動かして
いれば、なんらかの優先順位をつけて乗り越えられます。
また、修羅場をなんとかやり過ごした後に、
正しく棚や平台を立て直せば、自分自身の体調や気分、
お店の売上や品揃えの質を大きく落としたまま
回復できないなんてことはない。
つまり、「仕事のロジックを見失うな」と言いたいのです。
反対に、棚や平台の書籍ひとつひとつの売れ方や
自分の作業の目的に曖昧さを抱えたまま雑用に忙殺されれば、
そんな「やらされ感」には、誰だってうんざりしてしまいます。
正しく返品するロジックや
正しく売れる積み方の工夫がなければ、
売上は当然失われます。
そこで大雑把なやり過ごし方を続ければ、
なおさら仕事の曖昧さが増大します。
この悪循環は僕たちの心に大きなストレスをかけますし、
そんな心の中はお客さんも容易に察せられて、
お店の印象をも大きく減じてしまいます。
店内を清掃・整理する、注文品の箱を検品する、
新刊をチェックする、レジに入る、売上スリップを読む、
品出しをする、返品を抜く。
そういった日常的な作業のひとつひとつに、
速くかつ正しくおこなうコツがあります。
それだけでなく、そんなルーティーン・ワークから、
つい見逃しがちな「兆し」を読み取る方法 があります。
そこには、精度の高い売り場作りの根拠や、
お客さんの気持ちに寄り添う品揃えのヒントが隠されています。
もちろん、みなさんの現場にもそれぞれ、
いろんなやり方があるはず。
僕のやり方よりずっと良い工夫もあるに違いありません。
大切なのは、自分の仕事を言葉におこして、
誰かに伝えられることと、そうすることで、
自分の仕事を客観的に見直すことです。
そうすることで、
たとえ書店の社員であっても組織のパーツではない
一人の「本屋」という自負を持って、
お客さんと関われるはずです。
次回からは、実際の作業に沿いながら、
その初歩的な解説から応用までを
全10回でお話ししていきたいと思います。
◆久禮・亮太 (くれ・りょうた)
1975生まれ。高知県出身。元あゆみBOOKS店長。
現在はフリーランスの書店員「久禮書店」の店主として、
ブックカフェの運営や新刊書店の棚作り、スタッフ研修
に携わっている。
月・水・金曜は4歳の娘と一緒に家族の仕事を、
火・木・土曜は外で書店の仕事をこなす毎日。
◆本連載は、書店向けDM誌 『明日香かわら版』 の
記事をもとに再構成したものです。
毎月末の更新で、全10回の予定です。