実はあった落語の取説、スマホの取説
久しぶりに落語を聴きに行った。林家たい平、三遊亭円楽という『笑点』メンバー。当然のように笑点司会者の話題が多かったがそれは割愛。
円楽師匠の演目は古典落語の『猫の皿』だった。その噺の出だし、茶屋のくだりで早くも脱線が始まった。
師匠:「むかしはってえと、電話なんてものぁ、みな黒かった。まっくろっくろすけだ。座布団なんか敷いてもらってね。わたくし、テレビで座布団なんかもらったことない(笑い)。
番号はジーコジーコ廻すダイヤルだから、みんな穴ん中に指ぃつっこんで悠長に廻してた。ところが最近の若いもんは、んなこと知らねぇから、指で穴ん所を押しやがる。
今時のわけえもんにゃ困ったもんだ、となげえたって始まらねぇ。ホントに知らねぇもんは知らねぇんだから。」
師匠:「ここで落語をお聞きの皆さんに申し上げます。わたくしめが茶屋と申しましたら、ぺんぺん草の生えた古びたわらぶき屋根、軒下に緋毛氈の縁台がふたつほど並んで、だんごと染め抜いたのぼりがハタハタとはためいているところ、思い浮かべてくださいね。
落語はオーディオオンリーの芸ですから、ビジュアルはお客様が担当ですからね。よろしくね。お願いしますよ。」とまあこんな風。
メモを取っていたわけではないのでうろ覚えはご容赦。
なかなか高度な要求ではあったが、うなずける配慮だった。何の想念も持たずにただ聴いていただけでは、落語が成立しない。成立しなければ落語は廃れるのみ。そんな危機感からなのか、円楽師匠の意外に真剣な表情が印象に残った。そしてこの一節は筆者が初めて聴いた「落語のトリセツ(取扱説明書)」だった。
成立しないのは、なにも黒電話に限ったことではない。今のスマホこそ使い方はわかっているようで、なにひとつつまびらかにされない、得体の知れない魔物になってしまっている。筆者は3回も機種変更したが、「スマホのトリセツ」は一度も受け取ったことがない。
かつてアップル社がアップルコンピュータであった頃、取扱説明書は秀逸だった。イラストや写真とともに適切な説明文が添えられたカラーページは、これだけでも所有する喜びがあった。
(筆者所有のMacintosh IIcx と取扱説明書)
一方で日本を代表するパソコンメーカーのそれは、和文タイプの文章が延々と書き連ねてあるモノクロ冊子だった。
コンピュータ文化の層の厚さ、蓄積の違いを思い知らされた。いやコンピュータにかけたジョブスの執念だったのかもしれない。
当時のコンピュータにできることは少なかった。その分、すべてをわかってもらえるよう精一杯努力した結果、すばらしいトリセツが生まれた。
このコラムで取り上げるスマホのウラまでとはいかないだろうが、一応スマホにも取扱説明書はあるしい。iPhoneから直接見る方法はこちら。
■iPhoneでの見方
1.ネットブラウザSafariを起動する
2.ブックマークを開く
3.「iPhoneユーザーガイド」をクリック
4.ユーザーガイドが表示される
PCをお持ちの方は次のApple社公式サイト内からダウンロードも可能だ。
iPhoneの機種別、iOSバージョン別の取説はこちらから。
[マニュアル(Apple社公式サイト内)]
https://support.apple.com/ja_JP/manuals/iphone
30年前のPCに比べるとスマホにできることは格段に増えたが、ウラでやっていることまで、ユーザーの私たちに知らせる努力はなされているだろうか。
取扱説明書ならサイトにおいてありますと言う反論も承知している。印刷するよりページはいくらでも増やせる、修正などがすぐに反映できる、コストがかからない、などメリットがあることも知っている。ペーパーレス化、クラウド化は21世紀のデジタル文化ですよと、紙のトリセツを求める人を笑うかもしれない。
それでも言いたい。印刷、そして本は人類がもうしばらくは残しておきたい文明であると。
格好良くはあるが、取扱説明書など入れるスペースさえない小さなスマホの箱を見てふと思った。(水)
IT関連一覧へ |